収率(Extraction Yield)マスターガイド:理想の抽出プロファイルを探求する
コーヒー抽出における風味の探求は、単に技術や器具を使いこなすことだけではありません。そこには、コーヒー豆の持つポテンシャルを最大限に引き出すための科学的な理解が不可欠となります。特に、コーヒーの「収率」(Extraction Yield)は、抽出された液体の成分がコーヒー豆の乾燥質量に対してどの程度の割合であるかを示す重要な指標です。この収率を理解し、測定し、コントロールすることは、安定して美味しいコーヒーを抽出するための鍵となります。
このガイドでは、収率の基本的な概念から、その測定方法、そして抽出における実践的な活用法までを深掘りしていきます。基本的な抽出はできるものの、さらに一歩進んだ技術や知識を求めている読者の皆様にとって、自身の抽出技術を客観的に評価し、理想とする風味プロファイルへと近づくための助けとなる情報を提供することを目指します。
収率(Extraction Yield)とは何か?
収率(Extraction Yield, EY)とは、抽出されたコーヒー液に含まれる固形分(溶け出したコーヒー成分)の質量が、抽出に用いた乾燥コーヒー豆の質量の何パーセントにあたるかを示す数値です。
計算式は以下のようになります。
収率 (%) = (抽出液の固形分質量 / 使用した乾燥コーヒー豆の質量) × 100
ここでいう「抽出液の固形分質量」は、抽出された液体の体積や質量、そして濃度(TDS: Total Dissolved Solids、総溶解固形分)を用いて求められます。具体的には、抽出液の質量 × TDS (%)
で計算されます。
例えば、乾燥コーヒー豆10gを使用し、抽出後のコーヒー液が150g、そのTDSが1.35%だった場合、抽出液の固形分質量は 150g × 0.0135 = 2.025g
となります。この場合の収率は (2.025g / 10g) × 100 = 20.25%
と計算されます。
なぜ収率が重要なのでしょうか。コーヒー豆に含まれる成分は、水に溶けやすいものから溶けにくいものまで様々です。一般的に、抽出初期にはフルーティさや明るい酸味といった好ましい成分が溶け出しやすく、抽出が進むにつれて苦味や渋味といった、過剰な抽出で現れる成分が溶け出しやすくなります。収率は、これらの成分が豆からどの程度溶け出したかを示す指標であり、風味と密接に関係しています。
スペシャルティコーヒーの分野では、風味のバランスが良いとされる理想的な収率の範囲は18%から22%とされています。この範囲内であれば、コーヒー豆の持つ好ましい成分がバランス良く抽出され、不快な成分の溶出が抑えられると考えられています。収率が低すぎると酸味が強すぎたりボディが不足したりする傾向があり、高すぎると苦味や渋味が際立ったり、エグみが出たりする傾向があります。
収率の測定方法
収率を正確に測定するためには、抽出後のコーヒー液のTDS(総溶解固形分)を測定する必要があります。最も一般的に用いられる器具は、屈折計(Refractometer)です。
コーヒー抽出用に設計された屈折計は、コーヒー液のTDS値をパーセントで表示します。使用方法は機種によって異なりますが、一般的には以下の手順で行います。
- サンプル準備: 抽出したコーヒー液を採取します。微粉などが混入している場合は、ペーパーフィルターなどで濾過するとより正確な値が得られます。サンプルは室温まで冷ますことが推奨されます。
- 測定: 屈折計のプリズム部分にコーヒー液を少量滴下します。
- 読み取り: 屈折計を通して表示されるTDS値を読み取ります。デジタル式のものが多いですが、光学式のものもあります。
TDS値が測定できれば、前述の計算式を用いて収率を算出できます。
収率 (%) = ((抽出液の質量 または 体積 × 密度) × TDS (%) / 使用した乾燥コーヒー豆の質量) × 100
抽出液の密度は、水に近い値(約1g/ml)として計算されることが多いです。より厳密にはTDS値によってわずかに変動しますが、一般的には抽出液の質量で計算するのが最も正確です。もし質量が測れない場合は、体積から計算することも可能ですが、温度による体積変化なども考慮すると質量での測定が望ましいです。
収率に影響を与える要因と実践的な活用
収率は、抽出プロセスの様々な要因によって変動します。これらの要因を理解し、コントロールすることが、狙った収率を達成し、理想的な風味プロファイルを実現するために重要です。
収率に大きな影響を与える主な要因は以下の通りです。
-
グラインドサイズ(挽き目):
- 細かく挽くほど、豆の表面積が増え、お湯との接触効率が向上するため、より多くの成分が短時間で溶け出しやすくなります。結果として収率は高くなる傾向があります。
- 粗く挽くほど、表面積が減り、成分の溶出が遅くなるため、収率は低くなる傾向があります。
- 実践: 浅煎り豆で明るい酸味を際立たせたい場合(低すぎない範囲での収率)、細かめの挽き目を選ぶことがあります。深煎り豆で苦味やボディを強調したい場合(過抽出を避ける)、粗めの挽き目を選ぶことがあります。
-
湯温:
- 湯温が高いほど、成分の溶解度が高まり、抽出速度が速くなるため、収率は高くなる傾向があります。
- 湯温が低いほど、溶解度が低くなり、抽出速度が遅くなるため、収率は低くなる傾向があります。
- 実践: 浅煎り豆は高めの湯温(90℃〜96℃程度)で、深煎り豆は低めの湯温(85℃〜90℃程度)で抽出されることが多いのは、狙った収率範囲に収め、風味バランスを調整するための一例です。
-
抽出時間:
- お湯と豆の接触時間が長いほど、より多くの成分が溶け出すため、収率は高くなります。
- 接触時間が短いほど、収率は低くなります。
- 実践: ドリップ速度や浸漬時間を調整することで、抽出時間をコントロールし、収率を調整します。
-
湯量(液粉比):
- 同じ量の豆に対して湯量を増やし、抽出液量を増やすと、理論的には豆からより多くの成分を引き出すポテンシャルが増えますが、同時に液体の濃度は薄まります。収率の計算においては、抽出液中の総固形分量が重要です。一般的に、湯量が増えると、同じ時間であれば収率は高くなる傾向があります(ただし、濃度は低下)。
- 実践: 適切な液粉比は、狙うコーヒーの濃度と収率のバランスによって決まります。
-
撹拌:
- 撹拌は、豆とお湯の接触を促進し、飽和したお湯を入れ替える効果があります。これにより、成分の溶出が促進され、収率が高くなる傾向があります。
- 実践: ブルーム時の撹拌や、抽出途中の攪拌(例: エアロプレスやフレンチプレス、一部のドリップテクニック)は、収率と風味に影響を与えます。均一な抽出のためにも撹拌は重要視されますが、過度な撹拌は微粉の発生や過抽出を引き起こす可能性もあります。
これらの要因は互いに関連しており、一つの要素を変更すると他の要素にも影響が出ることがあります。収率測定は、これらの複雑な相互作用の結果を数値として捉え、抽出プロセスのどこに改善の余地があるかを特定するのに役立ちます。
Brewing Control Chart(ブリューイング・コントロール・チャート)の活用
収率と並んで重要な指標に、抽出液の濃度(TDS%)があります。この二つの指標の関係を視覚的に示したものが、Brewing Control Chartです。
Brewing Control Chartは、縦軸に収率(Extraction Yield)、横軸に濃度(TDS%)を取り、理想的な抽出範囲(収率18-22%、TDS 1.15-1.45%など)を示したグラフです。このチャート上に自分の抽出結果をプロットすることで、その抽出が「理想的な範囲にあるか」「濃度は適切か」「収率は適切か」を客観的に判断することができます。
例えば、収率が低く濃度も低い場合、それは抽出不足(Under-extraction)を示唆します。この場合、湯温を上げる、グラインドサイズを細かくする、抽出時間を長くする、撹拌を増やすなどの調整が考えられます。逆に、収率が高く濃度も高い場合は、過抽出(Over-extraction)の可能性があり、湯温を下げる、グラインドサイズを粗くする、抽出時間を短くする、撹拌を減らすなどの調整が必要かもしれません。
Brewing Control Chartは、単に数値を追うだけでなく、抽出結果の風味と数値を紐づけることで、自身の抽出技術をより深く理解し、再現性を高めるための強力なツールとなります。特定の豆で理想の風味が見つかった場合、その時の収率と濃度を記録しておくことで、次回以降その風味を再現するための基準とすることができます。
まとめ:収率測定がもたらすコーヒー抽出の深化
収率(Extraction Yield)の概念を理解し、屈折計などを用いて実際に測定することは、コーヒー抽出の精度と再現性を格段に向上させます。それは単なる数値遊びではなく、自身の抽出が豆の成分をどの程度引き出せているのか、そしてそれが風味にどう影響しているのかを客観的に把握するための科学的なアプローチです。
グラインドサイズ、湯温、抽出時間、湯量、撹拌といった様々な要素が収率に影響を与えることを知り、それらを意識的にコントロールすることで、狙った風味プロファイルを実現するための道筋が見えてきます。さらに、Brewing Control Chartを活用することで、抽出結果を多角的に評価し、具体的な改善策を立てることが可能になります。
もちろん、コーヒーの風味は収率や濃度だけで全てが決まるわけではありません。豆の品質、焙煎度合い、水の質なども非常に重要な要素です。しかし、抽出という工程に焦点を当てた場合、収率は最も客観的かつ定量的に抽出の効果を評価できる指標の一つです。
この記事が、皆様のコーヒー抽出における探求の一助となり、理想の一杯への道のりをさらに豊かなものにすることを願っています。ぜひ、ご自身の抽出結果の収率を測定し、それが風味とどのように結びついているのかを分析してみてください。新たな発見がきっとあるはずです。