カッピングノートから逆算する:風味設計のための抽出パラメータ調整戦略
サードウェーブコーヒーの世界では、単にコーヒーを淹れるだけでなく、目の前の豆が持つポテンシャルを最大限に引き出し、その個性を一杯のカップに表現することが重要な価値とされています。基礎的なハンドドリップ技術を習得された皆様の中には、さらに踏み込んだ抽出技術や、特定の豆に最適なアプローチをお探しの方も多いことでしょう。
豆の個性を理解し、それを抽出に反映させる上で、ロースターが提供する情報は非常に強力な手がかりとなります。特にカッピングノートや、豆のプロファイルに関する記述は、その豆が本来持っている風味特性を示唆しており、理想の抽出レシピを設計するための重要な指針となります。本記事では、ロースターの情報、特にカッピングノートをどのように読み解き、それを抽出パラメータの調整に繋げ、風味設計を行うかについて、具体的な考え方と実践戦略を解説いたします。
ロースターが提供する情報の意味とその活用
多くのスペシャルティコーヒーロースターは、販売するコーヒー豆について詳細な情報を提供しています。これには、生産国、生産地域、農園名、標高、品種、精製方法といった生豆の基本的な情報に加え、焙煎度合い、そして最も特徴的な情報として「カッピングノート」が含まれます。
- カッピングノート: コーヒーを評価する際に感じられる風味(フレーバー)、酸味の質と強さ、甘味、口当たり(ボディ)、後味(アフターテイスト)など、多様な感覚的要素を言葉で表現したものです。「フローラル」「シトラス」「ベリー」「チョコレート」「ナッツ」といった具体的なフレーバー名や、「ブライトな酸味」「シルキーな口当たり」「クリーンな後味」のような質感に関する記述があります。
- 焙煎度合い: 浅煎り、中煎り、深煎りなど、豆が受けた熱の度合いを示します。これは豆の物理的な硬さや成分の変化に直結し、適切なグラインドサイズや湯温の選択に大きく影響します。
- 精製方法: ナチュラル、ウォッシュド、ハニー、アナエロビックなど、収穫されたコーヒーチェリーから生豆を取り出す工程です。精製方法は豆の風味特性に極めて大きな影響を与え、特にアナエロビックやナチュラルプロセスは独特の発酵由来の風味が強く現れる傾向があります。
これらの情報は、ロースターがその豆を最も理想的な状態で焙煎・評価した結果であり、「この豆にはどのようなポテンシャルが眠っているか」を示す羅針盤と言えます。私たちはこの羅針盤を基に、自身の抽出によってそのポテンシャルを最大限に引き出すことを目指します。
カッピングノートから抽出パラメータを「逆算」する考え方
カッピングノートを単なる参考情報として眺めるのではなく、自身の抽出レシピ設計の出発点とするのが「逆算」の考え方です。ロースターが感じ取った理想の風味プロファイルを目標として設定し、その風味を再現あるいは強調するために、抽出パラメータ(湯温、グラインドサイズ、湯量、抽出時間、撹拌方法、ブルームなど)を調整していきます。
この逆算のプロセスは、以下のステップで進めます。
- 目標風味の特定: カッピングノートの中で、特に引き出したい、あるいは確認したい風味特性を明確にします。例えば、「フローラルな香りとシトラス系の明るい酸味」を目標とする場合や、「チョコレートのような甘みと滑らかなボディ」を目標とする場合などです。
-
風味特性と抽出パラメータの関係性の理解: どの抽出パラメータが、目標とする風味特性にどのように影響を与えるかを理解します。基本的な関係性は以下の通りです。
- 湯温: 高い湯温はより多くの成分を抽出する傾向があり、ボディや甘みを強調しやすいですが、高すぎるとネガティブな苦味や渋みも出やすくなります。低い湯温は酸味や明るい風味を残しやすいですが、コクが出にくい場合があります。
- グラインドサイズ: 細かいグラインドは表面積が大きくなり抽出速度が速まります。コクや甘みが出やすい反面、過抽出になりやすく、微粉が多いと雑味の原因にもなります。粗いグラインドは抽出速度が遅くなり、クリーンな風味になりやすいですが、十分に成分が抽出されず水っぽくなることもあります。
- 抽出時間: 全体の抽出時間が長くなると、より多くの成分が抽出されます。狙った風味成分を十分に引き出すために重要ですが、長すぎるとネガティブな成分(苦味、渋み)も抽出されやすくなります。
- 湯量・粉量比率(Brew Ratio): この比率によって、抽出されるコーヒーの濃度と収率が変わります。一般的に粉量に対して湯量が多い(比率が大きい)ほど、収率は高くなります。
- ブルーム: 抽出初期の蒸らし工程です。適切に行うことで、コーヒー豆内部に蓄積されたガスを放出し、その後の均一な抽出を助けます。ブルームの時間や湯量は、酸味や甘みの出方に影響を与えると言われています。
- 撹拌: 抽出中に粉と湯を混ぜる行為です。撹拌の度合いは抽出効率に大きく影響します。積極的に撹拌するとより多くの成分が抽出されやすく、ボディや甘みが出やすいですが、過度な撹拌は雑味を引き出す可能性もあります。
-
パラメータ調整の仮説構築: 目標とする風味特性を引き出すために、上記の関係性に基づき、どのパラメータをどのように調整すべきか仮説を立てます。
- 例1: 「フローラル、シトラス」を強調したい(明るい酸味、繊細な風味)
- 仮説: 湯温をやや低めに設定(例: 88℃-92℃)、グラインドサイズはミディアム粗め、抽出時間はやや短めを目指す。ブルームは丁寧に行い、その後の注湯は穏やかに、撹拌は最小限にする。
- 例2: 「チョコレート、ナッツ、リッチなボディ」を強調したい(甘み、コク)
- 仮説: 湯温をやや高めに設定(例: 92℃-96℃)、グラインドサイズはミディアムファイン、抽出時間は標準かやや長め。ブルームもしっかり行い、必要に応じて撹拌を組み入れる。
- 例1: 「フローラル、シトラス」を強調したい(明るい酸味、繊細な風味)
実践:試行錯誤と精密な調整
立てた仮説に基づき、実際にコーヒーを抽出します。このとき、一度に複数のパラメータを大きく変えるのではなく、例えば湯温だけを変えてみる、グラインドサイズだけを微調整してみる、といった形で、変化を一つずつ確認していくことが重要です。
- 抽出プロフィールの記録: 使用した豆の種類、焙煎日、器具、粉量、湯量、湯温、グラインド設定(使用グラインダーと設定番号)、抽出時間、ブルームの時間と湯量、注湯の方法(回数、速度)、そして抽出されたコーヒーの風味評価(カッピングノートと比較してどう感じたか)などを詳細に記録します。これにより、後からどのパラメータが風味にどのように影響したかを分析できます。
- 風味評価: 抽出されたコーヒーを実際に味わい、当初目標とした風味特性がどの程度現れているか、あるいは現れていないかを評価します。ロースターのカッピングノートを参考にしながら、自身の感覚を研ぎ澄ませます。
- パラメータの再調整: 評価結果を基に、次の抽出で調整すべきパラメータを決定します。目標とする風味に近づけるために、どのパラメータをどちらの方向に、どの程度変更すべきかを検討します。例えば、酸味が強すぎると感じたら湯温を上げるかグラインドを細かくする、コクが足りないと感じたら湯温を上げるかグラインドを細かくするか抽出時間を伸ばす、といった具体的な調整を行います。
- 客観指標の活用: TDSメーターをお持ちであれば、抽出されたコーヒーのTDS(Total Dissolved Solids:総溶解固形分)を測定し、収率(Extraction Yield)を計算することも有効です。TDSや収率は抽出効率の客観的な指標となり、風味評価と合わせて分析することで、抽出のどこに課題があるのか、あるいは目標とする風味プロファイルがどの程度の収率で実現できるのかの理解を深めることができます。理想とされる収率の範囲(例: 18%〜22%)を目安にしつつ、自身の好む風味と照らし合わせることが重要です。
この試行錯誤のプロセスを繰り返すことで、特定の豆に対して、ロースターが意図した風味を最大限に引き出す、あるいは自身の好みに合わせた風味に「設計」するための最適な抽出パラメータを見つけることができます。
結論:ロースター情報活用による抽出技術の深化
ロースターが提供するカッピングノートや豆のプロファイル情報は、単なる商品の説明に留まらず、その豆が持つ風味の可能性を示す貴重な情報源です。これらの情報を深く読み解き、自身の抽出パラメータ調整に活かす「逆算」の考え方と実践的な試行錯誤は、ハンドドリップの技術をさらに高いレベルへと引き上げ、コーヒーの風味設計というクリエイティブな領域へと誘います。
抽出は科学であり、同時に芸術でもあります。ロースターの情報という地図を手に、様々なパラメータを操りながら、目の前のコーヒー豆が持つ無限のポテンシャルを探求する旅は、きっとあなたのコーヒーライフをより豊かで奥深いものにするでしょう。ぜひ、次の一杯から、カッピングノートを読み解き、風味設計に挑戦してみてください。